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PKY個展「あゝ木版、版木の上の荒野」初日終了

昨日はPKYの個展「あゝ木版、版木の上の荒野」初日でした。

平日だし、人が来てくれるかな~‥

気合入れて学生服着てます!

寒い一日でしたが、午後はとくにたくさんの方が足を運んで下さり感激!

いろんな方が「寺山修二」にw

シュールな光景w

明日もPKYは在廊です。

みなさん来て下さいね~

(上の写真2枚は海月文庫さんHPよりお借りしました。こちらでも個展の様子が毎日見れますよ~)

「あゝ木版、版木の上の荒野」解説

 

私はあなたに聞きたいことがある。

「あなたはかつて夕焼け空が好きでしたか?そして今はどうですか?」と云う問いである。

私の答えは、「私はかつて何にも増して夕焼け空を愛していた。映像でも絵画でも、夕焼けをバックにシルエットになったモノや人ばかり描いていた。そして今はまったく夕焼け空を見ない」である。

学生時代に読んだ本に、「人は子供の頃夕焼け空が嫌いで、青年時代に好きになり、中年になると再び嫌いになる」と書いてあったことを折に触れて思いだす。この文章には確か「老人になると‥」の続きがあったと思われるが、残念ながら覚えていない。

ここで云う“夕焼け空”とは自分を映すスクリーンなのである。つまり、自己愛。ナルシシズムやリリシズムの象徴である。私はある時期からかなり意図的にこの気持ちを押し殺してきた(つもりである)。ひとつは創作上の問題から。こういった叙情性は創造の純度を鈍くするものであり、ナルシシズムであるかぎり自己満足の域を出ない、と云う考えを信じたために。いまひとつは、私の“夕焼けの時代”つまり“青春”時代があまりにも充実感に満ち溢れていたため、それを捨てないことには一歩も前に出ることができなかったためである。そうして私は気がつくと、夕焼け空を見ることはいっさいなくなっていた。

しかし最近のことだが、少しずつ、あの無くしていった感情は何だったのか、無くす必要が本当にあったのか、などとぼんやりと考えはじめていた時に、30年近くぶりに寺山修司の作品と再会したのであった。寺山修司と云えばアングラだ。しかし今あらためて寺山修司に向き合った時、私が受信したのは“彼の夕焼け空”であった。特に短歌と俳句は“暗く甘いあの感傷”に満ちているように思えた。そんなわけで私の“夕焼け”問題は寺山修司のリリシズムと呼応し、今回の作品を作りはじめたわけである。

作業も終盤にさしかかった頃には、ネットで中古の学生服を買い(かつて私は洋服の中でつめえりが一番好きで、休日にも学生ズボンを脱ぐことはなかった)、着用し、妻に写真を撮ってもらいそのまま版木に彫り付けたものを、夕焼けをバックに摺ってみた。タイトルは「わが封殺せしリリシズム」である。馬鹿らしいかもしれないが、とにかくやる必要が私にはあったのだ。

 

寺山作品との初めての出会いは遠い遠い昔のことである。どこかの自主上映会であった。パイプ椅子で私は映画「田園に死す」を観たのである。見てはいけないものを観ている気分だった。こんなモノをそれまでの私はまるで観たことがなかったのである。私には観終ったあとショックでしばらく椅子から立ちあがることが出来ない経験をした映画が、生涯に二本ある。一本がこの時の「田園に死す」であった。それから映像作品を中心に私は寺山修司を探し回った記憶がある。もちろんネット環境などかけらもなかった時代である。

寺山修司は、私性があまりにも強い為に、私性を捨て去るかのような偽装を作品づくりの中で行ってきた人だと思う。その手法として、世界中にちらばる他人の作品や言葉を寄せ集めてみせた。大勢の他者をコラージュすることで、背後に存在する自身の姿を無いかのように見せたのだ。コラージュの天才であったと思う。

それにならって、今展で私は他人の写真を借用して版画化してみることにした。“あの”時代感覚があるなと思われるものをピックアップして私なりのコラージュにしてみたつもりだ。そして版画は版面に描いた絵が紙に転写する瞬間に、画像は反転する宿命を負っている。つまり「版木の上ではすべてが反転している」のである。

さらに「書を捨てよ町へ出よう」は有名な寺山作品のタイトルだが(これも誰かは忘れたが海外の作家の言葉を寺山修司が引用したものである)、この意味は“書物なんか読むのをやめて、町へ出て現実と向き合いなさい”ということではなくて、“書物なんか狭すぎる。町には言葉を書く場所がいくらでも広がってるじゃないか。つまり町そのものを書物化せよ!”と云うアジテーションである。これにならって今回の展示は、海月文庫を一冊の書物にする、と云うねらいをつけてはいるが、なにせこれを書いているのは展示前なので、はたしてこの意図のようになっているかどうかは、みなさんの目の前にある通りだ。

 

ちなみに、夕焼けの絵につけたタイトル“わが封殺せしリリシズム”とこの解説の中に出てきた“暗く甘いあの感傷”は、寺山修司と同時代の映画監督大島渚の言葉であり、私が上映後席を立てないぐらい衝撃的だった映画のもう一本は、宮崎駿のアニメ作品「ルパン三世カリオストロの城」であった。嗚呼…もう一本も、ゴダールやフェリーニであったらよかったのに。

 

                                 2012.12.17 搬入の前日に  西尻幸嗣